聚義録

毎月第1・3水曜日更新

金聖嘆「読第五才子書法」を読む(7)

 引き続き「読法」を読み進めてまいりましょう。今回から読む「文法」についての段落は、「読法」の真骨頂と言っても過言ではありません。今回読むのは第49〜51段です。

 

【49】

吾最恨人家子弟、凡遇讀書、都不理會文字、只記得若干事蹟、便算讀過一部書了。雖『國策』『史記』、都作事蹟搬過去、何況『水滸傳』。

 

〔訳〕私が最も遺憾に思うのは、人様の子弟が書を読むにあたって、文章をきちんと理解せず、ただ些かの事実を覚えただけで、一冊の書を読み終えたとすることである。『戦国策』や『史記』でさえも、事実と見做して読み進めてしまう。『水滸伝』はなおさらである。

 

【50】

『水滸傳』有許多文法、非他書所曾有、畧點幾則於後。

 

 〔訳〕『水滸伝』には多くの文法があり、これは他の書には未だかつて無かったもので、その幾つかを後文で簡単に示す。

 

 【49】には金聖嘆が『水滸伝』を批評した理由が示されています。それは『水滸伝』の読者の読書の仕方に対する不満です。金聖嘆は、彼らが『戦国策』や『史記』そして『水滸伝』の内容を覚えただけで読み終えたと見做し、その文章にどのような「文法」が用いられているのかを理解し、学ぼうとしないことを残念がっているのです。次の【51】以下には、『水滸伝』で用いられる15種の「文法」がひとつひとつ説明されています。


【51】

有倒插法。謂將後邉要緊字、驀地先插放前邉、如五臺山下鐵匠間壁父子客店、又大相國寺嶽廟間壁菜園、又武大娘子要同王乾娘去看虎、又李逵去買棗糕、收得湯隆等是也。

 

〔訳〕 倒挿法というものがある。これは後ろで出てくる重要な字句を、突然前に差し込むことを言う。例えば、五台山のふもとの鍛冶屋の隣の「父子客店」や、大相国寺の岳廟の隣の菜園、武大の妻潘金蓮が王婆と虎(を退治した武松)を見に行こうとしたこと、更には李逵が棗のまんじゅうを買いに行って、湯隆を仲間入りさせることなどがそれである。

 

 「倒挿法」とは後々の展開に関わる人物や事物を事前に提示して、伏線として機能させる手法です。ここで①父子客店、②菜園、③王婆、④湯隆という4つの例が挙げられています。今回は④を例に挙げて説明します。

 

④湯隆について

 第53回、公孫勝李逵は高廉と戦うために高唐州に向かっていました。腹ごしらえのため、李逵が棗のまんじゅうを買いに出かけました。その時、自慢の怪力で鉄瓜鎚を振り回している湯隆と出会いました。意気投合した二人は義兄弟となります。その場面に金聖嘆は次のような評語を附しています。

 

公孫到、方纔破高廉、高廉死、方纔驚太尉、太尉怒、方纔遣呼延、呼延至、方纔賺徐寧、徐寧來、方纔用湯隆。一路文情、本乃如此生去。今却忽然先將湯隆倒插前面、不惟教鈎鎌之文未起、并用鈎鎌之故亦未起、乃至并公孫先生、亦尚坐在酒店中間、而鐵匠却已預先整備。其穿插之妙、眞不望世人知之矣。

 

〔訳〕公孫勝が到着してはじめて高廉を撃破し、高廉が死んではじめて高大尉(=高俅)を驚かせ、高大尉が怒ってはじめて呼延灼を派遣し、呼延灼が到着してはじめて徐寧を騙すことになり、徐寧が登場してはじめて湯隆が用いられる。ひと繋がりの文章の展開は、本来このように生じていくものである。しかし今ここでまず先に湯隆を差し込んでおり、この段階ではまだ呼延灼の連環馬を破るための)「鈎鎌鎗法」を教授する段が始まっていないだけでなく、「鈎鎌鎗法」を用いる理由(=呼延灼の派遣)すらまだ描かれていない。ひいては公孫勝はまだ居酒屋の中に座っているのに、鉄鍛冶(=湯隆)はもう予め配置されている。このような話の差し挟み方の素晴らしさが、世人の知るところとなるとはまことに思えない。

 

この評語を読めば「倒挿法」とはどのようなものなのか、何となくでも分かっていただけるのではないでしょうか。ある人物や事物が初めて登場する場面において、それらは決して重要な役割を担っているわけではないけれど、その後になって意味を持つように構成されているのです。

 

 ①の「父子客店」は、魯智深が禅杖の製作を依頼しに鍛冶屋に向かう際に、鍛冶屋の隣の宿屋の名前「父子客店」を予め示すことで、後に魯智深が五台山から大相国寺に移る道中、「父子客店」で宿を取りつつ注文していた禅杖の完成を待つことの必然性を担保するという効果を持ちます。

 

 

 ②の「菜園」は、大相国寺東岳廟の隣にある菜園のことで、魯智深はその菜園の管理を任されます。はじめに「大相国寺東岳廟の隣の菜園」という情報を示しておくことで、東岳廟にご祈祷に訪れた林冲魯智深の邂逅の伏線となるのです。

 

 ③の「王婆」は、潘金蓮西門慶の姦通の手助けをした人物です。潘金蓮が武松とはじめて出会った場面で「お隣さんの王婆」を登場させることで、後々重要な役割を担うことになる伏線となります。

 

 以上のように、「倒挿法」とは物語展開上で重要な役割を担うキーワードを先に示すことで、その人物や事物の重要性、あるいは後々の展開を暗示する効果を意図した手法と言えるでしょう。

 

 さて、今回はここまでといたします。今回までに全7回に亘って「読法」を読んでまいりましたが、「読法」を読むシリーズはここで一旦中断しようと思っています。少し時期はあいてしまいますが、必ず再開するつもりです。それまで少々お待ち下さい。ブログの更新は続けていきますのでよろしくお願いします。それではまた次回。

 

ぴこ