聚義録

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金文京『三国志演義の世界【増補版】』

 今回は『水滸伝』ではなく『三国志演義』に関する書籍を紹介します。金文京『三国志演義の世界【増補版】』(東方書店、2010)白話小説を研究する者の必読書(私はそう教わりましたし、私もそう思います)で、私は学部生時代に本書からさまざまな研究手法・研究視点を学びました。白話小説研究の入門書としては、以前紹介した井波律子『中国の五大小説(上・下)』(岩波新書、2008)が挙げられますが、本書も非常に読みやすくオススメの一冊です。本書が白話小説研究に必要な視点を提示しているということは、本書の構成を見ればおそらく分かっていただけるかと思います。

 

 一 物語は「三」からはじまる

 二 『三国志』と『三国志演義』:歴史と小説

 三 『三国志』から『三国志演義』へ:歴史から小説へ

 四 羅貫中の謎

 五 人物像の変遷

 六 三国志外伝:『花関索伝』

 七 『三国志演義』の出版戦争

 八 『三国志演義』の思想

 九 東アジアの『三国志演義

 

 まず第一章は本書の導入部で、「三国志」の「三」に含まれるなどについて考察しつつ、読者を「三国志演義の世界」に誘います。

 

●視点①:史実との比較

 第二章は、小説『三国志演義』が『後漢書』・『三国志』・『資治通鑑』といった歴史書をどのように取り込んで書かれたのか、つまり「実」と「虚」をどのように組み合わせているのかについて、多くのパターンに分けて具体的に述べています。そのパターンとは例えば、「史実の前後を入れかえる」、「複雑な史実を単純化、一本化する」、「別々の事がらをひとつに結びつける」などといったものです。

 

●視点②:成立史の研究

 第三章は、『三国志演義』がどのような過程を経て白話小説として成立したのか、その変遷過程を概説しています。本章は、第一節「唐代以前「三国志」物語の源流」、第二節「宋元時代「三国志」物語の形成」、第三節「明清代『三国志演義』の成立」に分かれており、各時代における「三国志」ものの文芸の発展について整理されています。

Cf.)後藤裕也『語り物「三国志」の研究』(汲古書院、2013)小松謙『中國白話小説研究 演劇と小説の關わりから』(汲古書院、2016)など

 

●視点③:作者研究

 第四章は言わずもがな、作者とされる羅貫中について論じる章です。『水滸伝』の作者とされることもある羅貫中ですが、その出自などについては様々に議論されてきました。白話小説の作者というのは盛んに議論されているテーマのひとつです(『水滸伝』の施耐庵にしろ、『金瓶梅』の笑笑生にしろ)。

 

●視点④:キャラクター論研究

 『三国志演義』には数え切れないほどの人物が登場します。登場人物にどのような個性が付与され、どのような人物として描かれているのかというのは文学研究においては比較的ポピュラーな研究視点だと思います。史実や小説以前の文芸と比較することで、その人物がどのように評価されたのか考察することができます。この視点は後述する版本の間でも応用可能で、白話小説批評の領域とも親和性の高い研究手法です。

Cf.)仙石知子『毛宗崗批評『三國志演義』の研究』(汲古書院、2017)など

 

●視点⑤:民間伝承との関わり

 「三国志」をもとにして民間で形成され語り継がれた物語として『花関索伝』というものがあります。『三国志演義』の版本の中には、関羽の息子関索が登場するものと登場しないものがあり、『花関索伝』の存在は『演義』の成立史研究や版本研究にとって重要なものと言えます。

Cf.)井上泰山ほか『花関索伝の研究』(汲古書院、1989)など

 

●視点⑥:版本研究・出版研究

 第七章は『三国志演義』の版本系統について整理し、当時の出版状況について述べています。明代は白話小説の商業出版が非常に盛んになった時代であり、その影響で版本が様々に分化し、出版されていました。文学研究をする上で当然ながらそのテキストに触れないわけにはいきません。しかし、様々な版本が刊行されている場合、一体どのテキストに依拠すればよいのか考える必要が出てきます。研究の目的からして最も妥当性の高いテキストを選ばなければなりません。また版本の理解のためには、どこからどのように出版されたかを考えなければならない場合もあります。

Cf.)中川諭『『三國志演義』版本の研究』(汲古書院、1998)井口千雪『三國志演義成立史の研究』(汲古書院、2016)など

 

●視点⑦:思想研究

 第八章は『三国志演義』の背景にある思想的側面について論じた章で、特に五行思想や正統(正閏)論について紙幅を割いています。『三国志演義』で言えば、他にも「仁」・「義」・「忠」といった概念に関する研究も思想研究のひとつと言えるでしょう。

 

Cf.)仙石知子『毛宗崗批評『三國志演義』の研究』(汲古書院、2017)など

 

●視点⑧:受容史研究

 第九章は『三国志演義』が東アジア(朝鮮半島・日本)にどのような影響を与えたのかについて述べています。日本に白話小説が渡来したのは江戸時代で、昨今は白話小説の日本での受容・発展に関する研究が盛んに行われている印象があります。

Cf.)長尾直茂『本邦における三国志演義受容の諸相』(勉誠出版、2019)など

 

 

 さて、ざっと簡単に本章の構成とそれぞれの研究視点について紹介してきました。これらの視点は白話小説研究のみならず、古今東西様々な文学研究においても用いられているものだと思います。私は本書を読んで、自分の興味を知ることができました。もし自分の興味関心がどこにあるのか知りたいのであれば、本書を通読して確認してみるのもいいかもしれません。

 

 今後は『水滸伝』だけに限ることなく、白話小説に関する書籍や論文なども紹介していけたらと思っています。では今回はここまで。

 

ぴこ