聚義録

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中国の『水滸伝』研究史を知るには

 今まで私が紹介した本は、日本で出版された『水滸伝』関連図書ばかりでした。しかし当たり前ですが『水滸伝』研究が最も盛んな国は中国です。『水滸伝』を本格的に研究したいという方にとっては、日本国内の研究動向を追うだけでは不十分なのです。CNKIといった中国論文検索データベースが使える環境にある方であれば、中国の論文を検索することも可能ですが、試しに私が「水滸伝」と論文検索したところ、3711件ヒットしました。篇名(論文名)検索でこの状況ですから、水滸伝の周辺の研究を含めたら途轍もない数になりましょう。論文以外にも当然『水滸伝』を扱った研究書もあるわけで、その全てを網羅することは時間・労力的にほぼ不可能です。

 そこで便利なものが、研究の歴史、つまり「研究史」をまとめている書籍(以下、研究史本)の存在です。 研究史本というのはどの分野でも往々にして重宝されるものです。それを実感している方も少なくないのではないでしょうか。今回は中国における『水滸伝研究史に関する書物3冊を、目次を示しながらごく簡単に紹介したいと思います。

 

①許勇強・李蕊芹『《水滸伝研究史』(中国社会科学出版社、2017)

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 この本は『水滸伝』の研究史本としてはおそらく最新のものだと思われます。それ自体がこの本の最大の長所です。目次を見て分かる通り、明清―近現代―当代(前、中、後)と全5章に分けて、その時期における各方面の研究動向をまとめています。「成書研究」「評点研究」といった節の内容も章を跨いである程度は揃えられているので、例えば成書研究だけを追って読んでいくといったことも可能です。

 

 

②劉天振『水滸研究史脞論』(中国社会科学出版社、2016) 

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 この本は①の1年前に、同じく中国社会科学出版社から出版されたものです。目次を見ると、①とは異なり、各テーマごとに章が立てられています。①の「成書」や「作者」といった大きな括りではなく、内容が細分化されて目次に示されているので、知りたいテーマがあればそれをピックアップしやすい作りになっています。①よりは1年前のものですが、2016年出版ですし、内容は決して古いものではありません。

 

 

③張同勝『《水滸伝》詮釈史論』(斉魯書社、2009)

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 この本は上の2冊に比べて7、8年前に出版されたものですが、当時までの研究がよくまとめられています。内容も、作者研究や成書研究といったものではなく、作品や批評家に内在する精神・哲学、西洋思想との絡みなど、どのような思想あるいは時代背景が『水滸伝』の詮釈(=解釈)にどのような影響を与えたのかについて焦点を当てています。さらに本書は国外での研究にも目を向け、(決して多くはありませんが)紙幅を割いています。

 

 研究史本のもうひとつの醍醐味と言えばやはり「参考文献」でしょう。端的に言えば、ここにはその分野の主要な研究がまとめられているからです。研究をする上で、どの程度先行研究を網羅しているか、というのは非常に重要になります。でも物理的にこの世の全ての関連論文を読むことは不可能。だからせめて学界における主要な文献だけは読んでおきたい。その時にこの研究史本、そして参考文献一覧が役に立つのです。

 

 日本国内に関して言えば、「水滸伝研究史」と銘打ったものはほぼありませんが、高島俊男が「中国、日本をつうじて、こんにちの水滸伝研究の最先端のラインと考えていただいても大丈夫である」*1と述べた『水滸伝の世界』(大修館書店、1987〔単行本〕、のち筑摩書房、2001〔文庫版〕)及びその姉妹本『水滸伝と日本人』(大修館書店、1991〔単行本〕、のち筑摩書房、2006〔文庫版〕)が最も『水滸伝』研究を網羅的におさえた上でまとめられた本と言えるでしょう。しかしながら、これらは30年程前に出版されたものですので、当然その内容も少々古くなってしまっています(とはいえ、高島氏が当時から今に至るまでの日本における水滸伝研究に与えた影響の大きさは計り知れません)。

 もっと一般向けのものであれば、松村昂・小松謙『図解雑学 水滸伝』(ナツメ社、2005)があります。これは有名なナツメ社の図解雑学シリーズのもので、『水滸伝』のあらゆるテーマについて解説しています。一般向けと言いましたが、物語の内容から当時の社会、日本での受容などなど、その内容は幅広くかつ濃密で、正直一般書のレベルを超えています。『水滸伝』好きには垂涎の一冊でしょう。

 

 私は先行研究を読むだけで必死なので、いつか日本国内の『水滸伝研究史本が出ないかなと期待するばかりで、それを私自身が研究史として網羅的にまとめ上げるだけの力はまだまだありません。でもいつか機会があれば、そういったことにもチャレンジしていきたいと思っています。

 

ぴこ

*1:高島俊男水滸伝の世界』「あとがき」(筑摩書房、2001〔文庫版〕、p.344)参照。